2018年9月12日
by 小野田
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スペインの暮らし*その1

ちょっと日本人会という所に関わっているんだけど、嫁さんが、いい加減にしろというもんで来年あたり、引こうかなーと思っています。マドリッドの邦人が、学生さんを含めて2000人位で,ひところのバブル期の半分で、企業の集まりである水曜会も、90年代のイケイケの時代も去り、こじんまりと静かにしています。企業の皆様は、3,4年、学生さんもせいぜい2,3年、大使館や日本人学校の先生は、マー3年,その辺を長期滞在者というんだそうです。 続きを読む →

2018年9月3日
by 小野田
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引き際だよおっかさんの巻

 おそらく時代が変わったんだと解釈すれば、すべてがハッピーなのです。そして私たちの昭和の時代は終わった、これからはお前たちが、やれと潔く引退すればそれでいいのです。これまで甘い汁を沢山吸ってきたのだから欲張らないで、ただただ消え去ればいいのです。
 それ以上、日本人で、仁義をわきまえたお方は、しゃんしゃんと手打ちで終わらせるはずです。最も、こちらのやり方は、お尻の穴の毛まで抜いちゃうことをよくしますが、日本人ならそこまではしないでしょう。
今お騒がしているムーンサルトのご夫婦、体操協会の副会長の旦那さん、強化部長の奥さん完璧な最強コンビで長年、朝日生命体操クラブを引きいて、ここまで邁進してきたのです。 続きを読む →

2018年8月24日
by 小野田
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マスコミの暴力(野暮)

まったくの野暮、ここまで落ちたか日本の報道がまさしく私の感想です。ジャカルタで行われているアジア大会で、日本のバスケットボールの選手4人が、繁華街に繰り出し日本料理を食べた後にいかがわしい場所に入り買春をしたという事で、即刻帰国、飛行機から降りると会見会場に直行お詫びのインタビューで全員が、一同例の頭を極端に下げてのお詫びお辞儀,その報道を、面白可笑しく、バラエティー報道で、お笑い芸人や、訳の分からない文化人がコメントして公式のジャージを着てそんないかがわしい場所に出没するな。インタビューでお値段はと聞くお馬鹿さん記者,もうあきれてものが言えません。 続きを読む →

2018年8月23日
by 小野田
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正しいことと、出来ること

前回で書いた大谷木工所と大宮家具センターというのは、親父の兄貴が創業した会社なんです。自分のガキの頃の思い出なんで、戦争に負けて、みんな一からスタートしたあのエネルギッシュな頃の話です。親父の兄貴というのが、マー元気のいい人で、路地で今でいえば、モツのごった煮をでかい鍋で作ってみんなにごちそうしてたのを思い出します。 続きを読む →

2018年8月21日
by 小野田
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ふるさと

実家の隣は、今一軒家が2棟とマンションが建っています。まだ自分が子供の頃、この場所に大谷木工所という家具を作る製作所があったんです。また国道16号線の一角に大宮家具センターという家具屋があったことを知っている住民は、ほとんどいなくなったように思われます。大宮駅の西口には、さすが鉄道の街ってか、鉄道員の家族の官舎があって、まったく開発手つかずの状態で、駅から自分の家まで歩いて10分の距離なんですが、まだまだ田んぼがあり学校帰りに田んぼの中を歩き回り、小さい穴を探しては、ザリガニを取って遊んだこと覚えています。 続きを読む →

2018年8月12日
by 小野田
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マスコミの暴力

レスリングの問題が終わったら、アメフト、そして今度は日本ボクシング連盟の会長である山根さんとかいうおっさんが、袋叩きにあっています。愛人問題に飽きた国民は、今度はスポーツ界の腐敗をマスコミが特にテレビのワイドショウが面白おかしくテレビで垂れ流ししているのを、国民は、これまた面白おかしく、youtubeじゃないけど今日の話題見つかったなんて言われている気がして、そわそわしてかじりつきでテレビを見ているわけです。後追いで、週刊新潮、文春あたりが書きまくり、みんなよかったよかったと、また新しいネタを探しては一人をいじめまくり飽きたら、またターゲットを探すのでした。 続きを読む →

2018年8月5日
by 小野田
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運命の引き2018夏

 facebookのメッセージに25年前にスペインでお世話になった、小野田さんにぜひ会いたいとのメッセージが届きました。25年前というと1993年丁度バルセロナオリンピックが開催された年で、スペインもバブルがはじけるか、はじける始まりの妙にランランの年に当たります。あの頃は、私もスペイン9年目、2人の子供はすでに誕生して、仕事も体も絶好調の年代です。 続きを読む →

2018年7月26日
by 小野田
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医者と金の微妙な関係

 娘が、バングラデッシュから帰ってきました。一様任務が終了ということで、解散と同時に失業者になって帰ってきたわけです。国境のない医師団という組織のメンバーとしてミャンマー(ビルマ)とバングラデッシュの国境の難民非難所で小児科医として勤務してきたのでした。 続きを読む →

2018年7月22日
by 小野田
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義務と思いやり

 昨年の夏に帰国した時に新幹線を利用して京都に行きました。旅の楽しみのお弁当をkioskでゲットして久しぶりの新幹線です。車内に入りシーンとした雰囲気は、さすが日本です。携帯をかけて迷惑を掛けている人は、皆無です。スペインの電車内で、平気でがなり立てる輩をいつも見ている自分は、さすがの言葉をつぶやきたくなります。 続きを読む →

2018年7月18日
by 小野田
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2018 終了、そしてひと時の休養

 マドリッド校の卒業式が、金曜日にありました。今回のJAPAN SHIATSU SCHOOL OF SPAIN の卒業生は20人でした。20人といっても、すべてを提出してクリアーしたのが6人ですので、14人は、居残りの勘定になります。実習の時間数か、卒業論文が結構めんどくさいようで、手間取っている生徒が何人もいます。1200時間の授業時間で3年生ですので、手間暇かけて生徒を育てている感じです。他人やうちの嫁さんから見れば、完全に道楽とみられています。 続きを読む →