2023年8月4日
by 小野田
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爺は引っ込んでろの巻

誠にこの歳になると月日の経つのを、早く感じます。昨年の今頃は、お袋が、危篤という事で飛行機の券をゲットするために知り合いの旅行代理店に打診して、大体のチケットの予想値段を値踏みしたり、ネットでの券の値段を見て結構高いぞーと一人納得したりしたのでした。あれから一年、どうにか生き延びたようです。
 兄弟が集まるという事で8月の終わりに帰国するのですが、お袋がいるときは、お袋を中心にプランを立ててこれはこれで、楽しかったのですが、親父、お袋がいない実家なんて、他人の家そのもので、東京のホテルをベースに動いた方が、よっぽど効率がいいので、今迷っているのでした。やはり親父お袋がいなくなれば、長男が,実権をと、なるわけで、三男はゴミなのでした。
 日本は、例年のこととは言いながら暑く、そして湿気があるというニュースをjstvを見るたびに、帰国の時期を誤ったかなー、失敗かなーと反省したりして、8月の患者さん離れを若干気にしつつ、暇なクリニックにスタッフとボケっとしているのでした。
 このjstvというのは、イギリスに本拠地があり主にNHKを中心としたテレビ番組を提供している会社なんですが、つい先日手紙が来て、かなり長く続いた衛星放送を今年の11月に営業をストップするという事でした。youtubeがあり、特別の中国製の器具をアマゾンで購入すれば、日本のテレビが見放題の世の中です。
 私たちのような、爺さんばあさんは、このjstvで満足で、毎月相当の受信料を自動的に払っても、マーマーの気分なんですが、若い奴は、そんなところに敏感で、この世の中には、必要がなくなってしまったシステムらしいのでした。時代の流れとは言いながら、確かにNHK が主体の番組では、お客は、見ないんでしょうね。
 時代を読めない人は、置いてきぼりを食らう世の中は、確かに寂しい限りではありますが、これが現実の世の中なのでした。
先日マドリッド市役所の正面玄関に、おじいさんおばさんが集まり、デモを催したというニュースが流れていました。爺さん、ばあさんが、不平不満を表示した相手は、銀行の対応でした。銀行も人員整理が激しく、いつも銀行員が、親切とは言い難いけれどもまあまあ、対応していたのが、すべて、機械が対応するようになりました。会社の方針とは言いながら、顧客であるお年寄りは、機械相手では、最初からギヴアップです。
 日本の銀行の窓口は、お客様は、神様が今でも通用するでしょうが、ヨーロッパでは、そうはいきません。
 以前でも仏頂面の銀行員、それが、人が足りないでの接待ともなれば、想像はつきます。私も、つい4,5年前から感じていたことです。お金をもっているのは、爺様、ばあさまなのですから、そのくらいは判るはずなのに、この有様です。スマートフォンがないと銀行の振り込みもできない時代になってしまいました。、いいのか悪いのかは、わかりませんが、生きずらい世の中になったことは、確かです。
 スマートフォンといえば、スマートフォン症候群が一般化されて、携帯電話がなければ、物事が進まない世の中になりました。電磁波の脅威、スマートフォンによる体の諸症状も、今では、マスコミの興味外になりました。武漢ウイリスの今の現状と全く同じです。しかしアップルの創業者ジョブズの息子娘には、、携帯電話を使わせなかったことは、超有名な話です。アップルや、アマゾンなどのお化け会社の幹部社員の息子の学校は、ある程度の年まで携帯を使わせない学校に通わせているのも事実らしいです。世の中、人が多すぎて、食糧事情や世の中の住みづらさを解消させるには、自分の健康管理ができないお馬鹿さんは、癌にでもなって死んじゃいなさいと世の中は、言っているのでした。自己管理は、世の中との流れに反しますが、金持ちは金に物を言わせてできるのです。食べ物にしたって、スーパーの安売りの品物は、安く売る条件があるのです。卵だって高い卵のほうが安全なのです。常識です。指圧を受けたくても、うけれる人と受けられない人がいるのです。健康は、所詮、寂しいんですけど、金で買う世の中とも言えます。
私たち、おじさんおばさんの時代は、もうすぐ終わりです。次世代の人達が、苦難を乗り越えればそれでよし。誠にその言葉に尽きるとしか言えません。おじさんは、黙って退場、結構次世代は、しぶといぞー。ジャンジャン。
 
 

2023年7月19日
by 小野田
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断捨離の徴候

断捨離の徴候
8月に近ずくと学校もお休みで、みんなどこに行ってしまったんだと思うぐらいマドリッドは、静かになります。物価が上がった、給料が雀の涙とさんざん愚痴る割には、夏休みは、乞食でも失業者でも平等にわかちあう、それが、当然の権利なのだそうです。
患者さんは、夏は痛みなんか忘れて、夏休みを堪能しているのでガラガラのクリニックがここにあるのでした。
そんなこともあり昔々暇なもんで日曜日、ダウンタウンの蚤の市に必ず出かけた時期を思い出し、ふと地下鉄を久しぶりに利用して日曜の朝、トレドの門の近くにあるラストロという名の蚤の市に出かけました。全くもって10年ぶりの蚤の市、ラストロに行きました。思った以上に中国人化していて見る影もなく、メードインチャイナの服やプラスチック製品を売ってる屋台のオールパレードでした。もはや蚤の市には程遠く、私が興味を引きそうな小物は、皆無。早々に退散したのでした。
最近ですとルーマニアに行った時の日曜市、ベルギィーのクリスマス前の日曜市、セルロイドのミニ人形をゲットした以来の収集を期待したけど惨敗。
骨董品集めが趣味といえば、かっこいいのですが、私独自の感覚で、興味を引いた品物集めをしていた昔が確かにあるのでした。
昔昔の宣伝ポスターや真鍮の使い古しの食器類など、私好みのガラクタを結構な額を投資していた気がします。一週間の汗の結晶(指圧治療)、そうですあの頃は、ペセタを中毒のように散在していました。お金がユーロの前のペセタの時は、妙に未来に投資を一切せず、仕事もしたけど、結構ガラクタに投資していた時期がありました。そのころ嫁さんは、2人の育児で、大変だったというのに、今思うとやばいの一歩手前だったのだと確信するのでした。
特に1930年代、スペインで売られていた紙粘土の人形や、マリキータぺレスという名の一時期の抱っこちゃん人形のような爆発的にスペインで売られていた人形を買い集めていました。かき集めていたが正しいかもしれません。
磁器、陶器の人形(フランス製)はあまり興味がなく、紙粘土やセルロイドの人形に惹かれる所があり、毎週バンバン買い集めていた時期がありました。その頃は、市民戦争時代(1930年時代)の人形が出回っており,あのころの相場で、一体15000円から25000円位は、確かにしたと思います。その辺の人形を無造作に買ったのですから確かにあの頃は異常だったんだと思います。
稼いだ、お金がみんな、飛んで行ったあの頃はなんだったんだろうと思うのですが、確かに買い集めました。
買う店がだいたい決まっていたので、その店の主人が、いいかもを見つけたとばかり毎週行くと2,3体、必ずキープしてあったのでした。
あの頃のフィーバー(熱風)は、10年ぐらいで消えたのかなー。
今では10何個の引っ越し用の段ボール箱に入り、物置に、ひっそりと眠ってますが、開けるとまた熱病が、再発するかもしれませんので開かずの何何になっています。
300体までは数えたけれど、今何体あるのかは、わかりません。一時期、この手の人形のブームがあり小野ちゃんの人形を売れば、マンションの一つは、買えるねと言われうんうんとよだれをたらしていた時もありましたが、今は、暴落して、買値にも届かない価値になっているとのことです。
サーカスのポスターも何枚集めたことか、毎年冬、闘牛場のわきで、テントを張って開催されるサーカスの興行で、町中に貼ったポスターをしかとで、はがして、コレクションして、一人喜んでいたのでした。
こんなポスターを旅をするたびに、きょろきょろ街を散策して集めるのを常としていた頃もありました。町に貼られたポスター、これも何枚あることやら。
ただ、今はひっそり物置で眠っています。
小野田亡き後は、娘、息子、そして嫁さんなんかまったく興味がないので,捨てられちゃう運命にあるのだろうと感じているわけです。
時代遅れの男になりたいやらなりたくないやら、まだ死ぬ気がしないので、断捨離する徴候は、まだ起こっていません。

2023年7月8日
by 小野田
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身分証明のいらない天国日本の巻

私の住んでいるスペインは、あなたは、誰ですかと聞かれたら、何を提示するかというと、スペイン国発行の身分証明カードを提示します。ちなみ私のナンバーは、X-0329125-Sです。国が発行した、私は、だれだれという身分の証明カードです。私の持っている証明カードは、5年間、スペインにいられますよという在留証明兼労働許可症付きカードです。そしてその証明書のほかには、短期的に学生さんやお年寄りが保持する証明書、1,2年の短期のもの色々種類はあるようです。そして私はいつも何を携帯していなければならないかというと、5年間の在留証明書兼労働許可証付きカードの常備携帯が義務ずけられています。
 お金さえあれば、在留証明書は、その手の専門の弁護士がいて、その弁護士が、何人かで事務所をもって、幅広く、しのいでいる事務所が信用、仕事を完璧にやるやらないは、別にして町中にあります。法科の大学出るとすべての卒業生が弁護士予備軍ですので、弁護士以外の仕事も含めて多角的に、会計なんかもやって、しのいでいるのが実情です。やはりどの仕事も同じで純な弁護士一本で生きている人は、少数のようです。
そんな事務所には、何でも雑用の事務員が動いて、その辺が動いてその手の証明書をゲットすることができるようです。蛇の道は蛇、その辺は、その手のプロに任せて、私たちは、せっせと働くのでした。
 一番大事な証明書は、この身分証明書で、スリや紛失で、一番心配するのは、この身分証明書です。EU諸国の海外出張であれば、この身分証明書提示で、okです。パスポートは、EU諸国以外の提示になります。なぜ心配かというと、どこに行くにもこの身分証明書の提示を求められますしこの証明書がないと動けないといっても過言ではありません。
 そして再発行の時間のかかることは言うまでもありません。何しろ再発行には、最初からの手続き書類の再集めが必要となります。パスポートは、旅行のため、運転免許は、車を乗るため、保険証は、医療を受けるためであり、そのすべてのカードに表示されるのが、身分証明書ナンバーなのです。、身分証明書ナンバーがあなた個人の身元証明になるのです。このこのナンバーを提示しているこのカードが、すべての身分を証明してくれるのです。
 この各個人所有のナンバーが、一個人の身分を証明してくれます。要は、一個人をナンバー化したものの所有が、必要という事になるのです。もちろんこのナンバー化によって個人的情報が、国の所轄期間がすべて知りたいと思えば、資産に至るまで、可能な訳です。この辺の法的な難しさがあるのでしょうが、好きでスペインに来たので、スペインの移民局の言う通リにしないと、スペインにいられない訳ですかから、指示通りにすべての証明書を提出してokですと言われてここにどうにかいるわけです。この辺のだましあいと妥協が、各個人の柔軟な考えになるわけです。難しさはありますが、国家間同士のしのぎあい的な観点で見れば、落としどころを見極めなければなりません。この事が各国のイメージにつながります。
 日本のように、お隣の国の訳の分からないおじさん、おばさんが、難癖付けて、個人情報がなんやかんやと言っていますが、こちらでしたら、文句があるなら入国するな、スペインに滞在するなの一言で、終わるわけです。日本のお役人のふがいなさは、あきれる限りですが、各国の政府の方針であれば、お役人もそれに従っているのですから彼らの責任ではなく、日本の政府にあるわけです。
 アメリカに入る時、誰も文句を言わずにじっと我慢して、うるさい警察犬の吠えるのを恐ろしさとあさとあきらめで、見ているのが常識なはずです。これがアメリカのイメージな訳です。考えよ云うによっては、今まで帰国するたびに、実家の住所だけを頼りに、身分証明は、パスポートのみの日本人、これ自体の日本の常識は、世界では通用しないのに、今まで通用してたのです。
 田舎に行くと、今でも夜、玄関のかぎが掛かっていない。泥棒さんお入りくださいの現実がここにあります。宝石屋に泥棒が入ってバタバタやっているときに、外から、ぼーっと静観しているおじさんが、ニュースで写ってましたが、外人は、どう見たでしょうか。無防備の家にタンス貯金があると知った、外人は、よだれものでしょうに。結論から言うと、 各個人の身分の証明は、常識です。明治維新じゃあるまいし。ボケまくりで,他国に侵略されても、後の祭りだぞー。ニタニタ笑ってないで、びしっとしなよ岸田さん、うごけって。
 自然災害に乗じて、お隣が動いたら、本当にやられちゃうぞー。それにしても人のクレジットカードで、モノ買っても日本は、オールフリーパスの国なんですね。身分証明のいらない時代は、90年代のバブル期に終わってるはずなんだが、ボケまくり日本。石原慎太郎、三島由紀夫のお怒りが、響き渡っても、確かにもう遅いかもしれない。

2023年6月16日
by 小野田
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医者の書いた指圧の本

スペインのブルゴス県の医師サンタマリア先生が医者の立場から(西洋医学の立場から)、指圧を考察して、一冊の本を作成しました。そこで小野田茂が、序文を依頼されてスペイン語と日本語で、ない頭を絞ってどうにか書き上げました。其の序文を紹介します。スペイン語を勉強している人は、こういう風に書くのか―とおったまげて、勉強の励みにしてください。
 小生バカ言って、バカやっているけど、外国に行ったらその国の言葉をマスターして溶け込む、これがなければ、生き抜けません。定年してバンコックに移住なんて、人口シロップのような甘い甘い、移住の勧めなんかをyoutubeで観るけど、会話ぐらいすなわち、英語ができるか、海外生活の経験が、今までにないと無理だというは、まあー常識として考えるべきなのですが、経験しないと実感しないので、経験してみて初めて反省が、順番と私は常に思っています。という事で、人に迷惑かけてどんどんやればいいさが私の意見です。そしてそんな無謀な奴が、あなたのそばに現れたら、あなたが迷惑をかけた分、そんな人をなんとなく助けてやりなさいが、私の仁義道です。
               
                  序文 PLOLOGO
 日本では病気のことを「BYOU KI」という言葉で表現します。「BYOU」は苦しみ、「KI」はエネルギーという意味です。したがって、訳すと「エネルギーの苦しみ」となります。
KIの概念は東洋文化の一部であり、翻訳して説明するのは本当に複雑です。生命エネルギー」と訳されることもあり、人に限ったことではなく、「気」はすべての生物、自然界、私たちを取り巻く環境に存在するものです。
日本語で治療といえば「てあて」です。「て」は手、「あて」は置く、手を置くという意味です。また、何かをすることが遅れたときには「TE OKURE」という言葉を使います。「TE」は手、「OKURE」は遅れる、すなわち、手を差し出すのが遅れる、という意味です。
 また、「気」の話に戻りますが、日本語には、人や環境、健康など、さまざまな気分を表現する時の会話の中に「気」を含む言葉が沢山あります。
東洋医学では、目に見えないけれども、”気 “の通り道や流れを特に重要視します。しかし、目に見えないからと言って、その存在を疑ってはいけません。
喜びや悲しみといった感情もそうですし、職場のピリピリした空気も同じように気の存在を感じることができます。
アジア諸国と欧米諸国の歴史と文化は完璧に異なります。そして後者にとって「気」という概念は、はるかに馴染みの薄いものと言えます。

健康という言葉を表現するのにこういう熟語を使用します。
心身一如(SHIN SHIN ICHINYOU)という熟語です。SHINは心(精神)、SHINは体、そして一如(ICHINYOU)はバランスが取れている、または一緒にいるという意味です。すなわち心」と「体」が一体となってバランスを保っていることが、健康であるという意味です。
また 心が存在し、肉体がある。その両方が調和しているとき、始めて私たちは健康であると言えます。
今まで日本で使われている言葉を簡単に説明しました。それでは、指圧の主な特長を言及します。
日本の手技療法の一つに指圧があります。指圧治療は、西洋医学が一般的に局所的な治療、つまりミクロの治療に重点を置くのに対し、グローバル、つまりマクロの概念に基づいています。
日本では、明治時代(1886-1912)を境に、医学を含むあらゆる分野で西洋化が始まりました。そのため、先祖伝来の東洋医学は徐々に放棄され、西洋医学のみが正式に研究されるようになりました。

そのため、科学的根拠や証拠はないが、数千年にわたる経験と実践に裏打ちされた東洋医学は衰退してゆきました。しかし人々は、そんな状況にも関わらず、指圧や鍼灸、整体、漢方薬などの治療や処方をありがたく頂戴しています。
現在、日本には、厚生省に認可された指圧学校と鍼灸学校があります。それぞれ国家資格制度が存在しています。すなわち免許取得が義務づけられています。そして当然のことながら、厚生省の管理下に置かれています。
しかしこの手のセラピストは医師ではないので、進歩し続ける西洋医学よりも狭い領域で仕事をしています。
国民は医学の進歩を利用しながらも、同時に東洋医学的な治療、すなわちこれまで述べてきた手当て(TE ATE)の世界も利用し続けています。
私は、この2つは補完し合う医学であり、それぞれに利点と限界があると考えています。
私は、指圧が治療として機能し、未来があることを確信していますが、まだまだ普及させる必要があります。
サンタマリア博士は医学博士であり、マドリッドの日本指圧学校の最初の卒業生の一人です。また、伝統的な中国医学と鍼灸の訓練も受けています。つまり、東洋と西洋の両方の視点から健康や病気を理解しているお医者様です。
特に今の世の中では、多くの人が、病気や薬物治療という観点ではなく、東洋医学のように健康や予防に焦点を当て、すでに少し「手遅れ」になっているかもしれない時に、異なる視点から身体や健康についてアプローチし、理解したいと考えるかもしれません。
彼は長年にわたり、指圧が身体に及ぼす作用のメカニズムについて研究し、その知識を共有しています。
そして彼のような人たちが、指圧や鍼灸などの療法を科学的根拠をもって支えなければならないと考えています。
より多くの人が東洋医学に興味を持ち、価値を見出し、研究し、理解すること、そして指圧を受ける患者さんや指圧を研究する人たちが指圧の作用のメカニズムをよく理解することが、指圧の普及になると考えています。
サンタマリア博士の貴重な貢献に祝意を表し、感謝するとともに、今後も研究を続け、その知識を私たちに届けてくれることを願っています。
小野田茂

PLOLOGO
En Japón utilizamos el término BYOU KI para referirnos a la enfermedad. “BYOU” significa sufrimiento y “KI” energía. La traducción sería, por tanto, “sufrimiento de la energía”. El concepto de “KI” forma parte de la cultura oriental y es realmente complicado de traducir y de explicar. A veces, se traduce como “energía vital” y no es exclusivo de las personas sino que el “ki” existe en todos los seres vivos, en la naturaleza y en el medio que nos rodea.
Cuando hablamos de tratamiento en japonés nos referimos a “TE ATE”: “TE” significa mano y “ATE” poner, poner la mano. Y cuando llegamos tarde a algo, usamos la palabra “TE OKURE”: TE de nuevo, mano y OKURE demasiado tarde.
Volviendo al “ki”, en japonés tenemos muchas palabras que incluyen esta palabra dentro de otras para expresar diferentes estado de ánimo, tanto de las personas como del entorno, y de salud. El recorrido del ki y cómo fluye es clave en la medicina oriental a pesar de ser algo que no podemos ni ver físicamente. Pero no creo que debamos de dudar de la existencia de algo por no poder verlo. Las emociones como la alegría y la tristeza se sienten, y de igual forma también podemos percibir un ambiente tenso en el trabajo por ejemplo.
La historia de los países asiáticos difiere con respecto a los de occidente. Y para estos últimos, el concepto de “ki” es uno con el que están mucho menos familiarizados.
Para referirnos al término salud decimos:
1º SHIN SHIN ICHINYOU, donde SHIN significa corazón, SHIN cuerpo e ICHINYOU en equilibrio o juntos. El corazón y el cuerpo conformando una unidad en equilibrio significa salud.
2º Existe la mente y existe el cuerpo. Cuando ambos se encuentran en armonía también podemos hablar de salud.
Tras haber explicado brevemente y de manera sencilla las palabras utilizadas en Japón, me referiré a la característica primordial del Shiatsu.
Como terapia manual se basa en una concepción global o macro, es decir, trabaja todo el cuerpo para conseguir equilibrarlo, mientras que la medicina occidental se centra generalmente en el tratamiento local o micro.
En Japón, el período Meiji (1886-1912) marca un límite a partir del cual comienza la occidentalización en todos los ámbitos, incluyendo los estudios de medicina. Así, se va dejando de lado la medicina oriental ancestral y progresivamente se pasa a estudiar de manera oficial solamente la medicina occidental.
Esto produjo un decremento de la medicina oriental sin base científica ni evidencia, pero con el respaldo de la experiencia y práctica de tantos miles de años. Razón por la cual la población continuó recibiendo Shiatsu, acupuntura, Sei tai y fitoterapia, entre otros.
En la actualidad, existen en Japón escuelas de Shiatsu y escuelas de acupuntura con sus respectivas licencias y bajo el control del Ministerio de Sanidad. Los terapeutas no son médicos y se desempeñan en un campo de acción más reducido con respecto a la medicina occidental que sigue avanzando.
La población aprovecha el avance médico pero paralelamente también sigue haciendo uso del tratamiento oriental, el mundo del TE ATE como he mencionado. Creo que son dos medicinas complementarias, cada una con sus beneficios y sus limitaciones.
Estoy convencido que el Shiatsu funciona como terapia y que tiene futuro, pero aún falta difundirlo.
El Doctor Santamaría es médico y fue alumno de una de las primeras promociones de nuestra Escuela Japonesa de Shiatsu en Madrid. Además, se ha formado en medicina tradicional china y en acupuntura. Esto hace que entienda la salud y la enfermedad desde los dos puntos de vista, el oriental y el occidental. Considero que esto tiene mucho valor, especialmente en el mundo en el que vivimos en el momento actual, en el que quizás muchas personas quieran acercarse y entender el cuerpo y el bienestar desde otro punto de vista diferente, centrándonos en la salud y la prevención como se hace en la medicina oriental, y no desde la enfermedad y de la medicación, cuando ya puede que estemos un poco “te okure”.
A lo largo de estos años, ha ido estudiando y compartiendo a la vez sus conocimientos sobre el mecanismo de acción del Shiatsu sobre el cuerpo. Y personas como él, van respaldando el Shiatsu y otras terapias como la acupuntura con base y evidencia científica.
Es mi deseo que, cada vez más personas se interesen, valoren, estudien y comprendan la medicina oriental, y que los pacientes que reciben Shiatsu y las personas que lo estudien entiendan bien el mecanismo por el cual funciona.
Felicito y agradezco al Doctor Santamaría por su valiosa contribución y le deseo que continúe investigando y acercándonos sus conocimientos.

Shigeru Onoda

2023年6月8日
by 小野田
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せこくなったぜもうマドリッド

この歳になると、月日の経つのが妙に早いのに驚かされます。65で定年なんだからもうゆっくりしてもいい年なのに、まだまだ死ない感じで、妙に未練たらたらの日々を送っている自分がいます。部屋中、指圧の資料が散乱して、見もしない紙類が何年も、埃まみれになって放置されています。何時か世に出そうとして保管しているわけですが、おそらく急に心筋梗塞で、あの世行きにでもなったら、嫁さん、娘、息子にとって、何のなんの、ただのゴミな訳です。素早く2,3日で処理される運命なのですが、頭で理解しても、ぐずぐず、まだまだシュレッダー行きにはなっていないのでした。洋服だったら、未練なしでスパッとふてられるのですが、この手の品物は、どうもどんどんたまっていくのでした。
 人は順番にこの世からおさらばするので、人さまがお亡くなり、遺品として残されるのは、相当な偉人であり、大体の私を含めた普通の人があの世に逝けば、何とか資料館なんて発想はないわけで、できるだけ親近者に迷惑が掛からないように整理をしておかないと恥ずかしいものまで、残しちゃ、イメージが落ちますので、早い所、処理したいとは、つくづく思っているのですが、なかなかできません。全くもって情けない自分がいるのでした。
 スペインの総面積が、日本の4倍、人口が日本の4分のⅠという事で、さぞかし広い家で、住めるのだろうと想像しがちですが、投資対象が、あまりないので、どうしても不動産が、ガチで投資対象になっているのが現実です。もちろん世界的に都市集中の仕組みですので、家の価格は、東京と同じぐらいと思われます。以前は、120平米あたりが標準家庭の住まいでしたが、今では70平米、80平米が、当たり前になり、狭いうえに、都会から離れた場所を開発して若者の住居といったような、都市計画が一般的になっているようです。
 一頃、マドリッドは、広い空間の街並みが、一般的でしたが、狭くそしてごちゃごちゃの街並みのマドリッドになったようです。ヨーロッパのアフリカといった所に魅力のあった、スペインがヨーロッパの国の正式な一員となったとたんに、スペインの良さが、まったくなくなったようで、私などは、昔のスペインを知っているゆえの不満は確かにあります。それでもまだまだ、スペイン特にマドリッドは、外人にとっては、実に住みよい場所かもしれません。マラガ、イビサ島なども同様なことが言えそうです。一頃、ロシアのマフィアが、マラガあたりの海岸の別荘地を爆買いして話題になったことがありますが、スペイン人は、あまり自分たちの領土に、敏感じゃないみたいです。金が入ればokこんな感じです。スペイン特にマドリッドは、中国人の金持ちのターゲットになっているらしく、あれも、これも、中国人のオーナー所有といった臭いをぷんぷんさせた場所がいっぱいあります。
 中国人のルイビトン好きは、有名で、スペインに一個しかない百貨店のコルトイングレスのゴマすりようは、鼻につきます。しかし金を置いてゆく中国人は、やはり、間違いなく神様なのでした。
 そんなこともあり、月単位で借りられる有料物置が、至る所に出現しています。町中の街路際にレストランや喫茶店のテラサが出現して、身障者の歩行の安全を無視した商売が、目立ち、役所も場所代欲しさにやくざまがいの寺銭稼ぎをして、街並みのゆったり感が完全になくなり、昔の良さが、全く消えたマドリッドの今があります。それでも日本に帰り、畳の上でご臨終を望まないのは、やはりスペインには何かあるんだと一人合点している自分がいるのでした。
 

2023年5月24日
by 小野田
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頭寒足熱と真向法

女性の平均体温が下がりつつある昨今、まず頭寒足熱という古来からある健康理論のお話しをします。

頭寒足熱とは下半身、特に足を暖め、血行を促進して各細胞に酸素と栄養素を運び、老廃物・体毒を取り去って体を活性化させるという意味の熟語です。
逆の頭熱足寒で血行が悪くなると、身体の中に淤血(おけつ)が生じやすくなります。

淤血とは東洋医学で血流が滞っている状態をさし、広い意味での循環器障害であり、多くの病気の根本的な原因とされています。身体のある部分で血流が滞り老廃物や体毒が溜まると、筋肉が硬くなって、いわゆるコリ(硬結)となります。コリとはつまり筋腫の一種です。良性ならまだしも悪性となればこれほど怖いものはありません。
その他、淤血と関係が深い病気と言えば、冷え性や肩こりはもちろん、頭痛、不眠、便秘、関節炎やリウマチ、動脈硬化、高血圧、胃潰瘍、肝炎、肝硬変、糖尿病、月経困難、不妊を含む性機能障害等、きりがありません。

冷えの恐ろしさを実感し、頭寒足熱の重要性をご理解いただけたら、次のステップは、その頭寒足熱を自分の身体に実現させる方法です。食事改善による冷え予防対策はもちろんですが、そこに今回ご紹介する真向法をプラスしてみるのはいかがでしょう。
たった4つのシンプルな体操ですが、毎日続ける事によって身体全体の組織がリフレッシュされ、血液サラサラ足元ホカホカ間違いなしです。

dai1taiso

イラストのように足の裏の外側を合わせて座ります。
この態勢をとった時に、殆どの方が両膝が跳ね上がっていると思います。
そのような方は壁にもたれて両膝に手を置き、膝を下ろす練習をして下さい。
膝がある程度下がったら「かかと」と股の間を、握りこぶし一つ半ないし二つぐらい空けます。 背筋を伸ばし顎を引き、肩の力は抜いてください。足の裏の角度は45°位になります。
背筋を伸ばし肩の力は抜きます。肘は横に開き、上体を曲げていきます。
上体を起こす時は、直角以上になるように起こして下さい。

dai2taiso

イラストのように、両脚を伸ばして坐ります。
丁度アルファベットのL字形になれば申し分ありません。
最初のうちは背筋が伸びなかったり膝が曲がって、足首が90°に返らない方が、殆どです。
これは太腿の後ろの筋肉やふくらはぎの筋肉が萎縮しているからです。
この筋肉群が萎縮すると腰痛が起こりやすく、また膝や腰が曲がってヒップダウンの原因になり、美容上も好ましくありません。

足首を70°に返したまま、息を吐きながら曲げていきます。曲げる時は身を乗り出すような感じで股関節から曲げて下さい。

視線は初めのうちは2~3メートル先を見たまま曲げ、曲がるにしたがって下を向いて下さい。 もちろん膝が曲がってはいけません。完全な効果的な姿勢は、胸、顔が脚に着きます。 息を吐ききったら上体をゆっくり起こします。起こしたときは、直角以上になるまで起こします。

dai3taiso

脚を左右に開き背筋を伸ばし腰を立てて坐ります。両脚を約120~130°ぐらい開き(150°を限度とする)、足首が70度ぐらい返れば理想的ですが最初はなかな開きません。無理はしないでください。

第三体操の最大のポイントは、先ず両脚を開くことです。脚が開かなければ腰が立たず、したがって股関節から屈伸出来ません。
開く要領は両脚を出来るだけ広げて、両脚の内側の硬くなった筋肉を手で揉みほぐします。 少し柔らかくなったところで、左右数ミリずつ広げます。これを数回繰り返していると、最初は90°位しか開かなかった脚も、数ヶ月もすれば110°位まで開くようになります。
また、どなたかに前から両脚を押し広げてもらうのも一つの方法です。

腰を立て、背筋を伸ばしたまま股関節を中心に曲げていきます。曲げる時に手は床の上をスライドさせます。その場合肘は横に開いて下さい。

この動作が完成すると、イラストのように下腹、胸、顎が床に着きます。上体を起こした時は、最初の姿のように上体を直角以上になるまで起こします。 dai4taiso イラストのように、両足をお尻の幅だけ広げ、その間にお尻を下ろします。両太腿の内側はピッタリとつけます。
背筋はピンと伸ばし肩の力を抜きます。この座り方を「割坐=わりざ」といいます。ただし、現在膝の悪い方や、膝の関節が硬くてお尻が下に下がらない方は、座布団を二つ折にして尻の下に敷き、膝を上下に動かして膝の動きをよくし、楽に坐れるようになるまで割坐の練習をして下さい。

お尻が楽に落ちるようになったら、後ろに倒れます。
女性の方は大概出来ますが、男性は殆どの方が膝や太腿前部に激痛をともない、後ろに倒れられません。
後ろに倒れられない方は座布団かクッションを数枚重ね、その上に倒れて下さい。
上達するにしたがって重ねた座布団の枚数を減らしていきます。後ろに倒れたら両腕を真っ直ぐ伸ばして両耳に着け、同時に床にも着くようにします。
両脚でやるのが苦しい方は、片脚づつ交互にやって下さい。
呼吸は第一~第三動作までの呼吸と違って吐く息を長くします。(約3秒~4秒)吸う息は短くします。(約1秒~2秒)。慣れるにしたがって吐く息を長くします。(約7秒~8秒)。
起き上がる時は膝を持ち上げるようにして脚を抜き、両脚を伸ばしてから起き上がって下さい。
倒れたまま体を左右にひねってから起き上がると、腰を痛めることがあります。

注意!第四体操、腰痛の方は無理に倒すと腰に負担をかける場合があります。決して無理をせず、徐々に、そして気長に続けてください。まさに継続は力です。

この4つの体操が真向法の基本です。真向法は、簡単そうに見えて、イラストのように正しく且つ完璧な形にするのはなかなか難しいものです。
大切なのは10分でも15分でも良いので毎日続ける事です。一週間に一度2時間集中してやっても意味がありません。
無理をせず身体を気持ちよく動かせる範囲で、気軽にそして根気よく続けてみてください。 特に夏は、冷たい飲み物や食べ物の摂取量が増えます。
夏だけではなく、一年を通じて真向法で身体の内側からの体温調節をお勧めします。

塾 Shiatsupractor    塾長 小野田茂

2023年5月18日
by 小野田
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ローマの休日はなし(セミナー編)

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2023年5月6日7日の両日、イタリアのローマで、アルベルトポリドリ指圧学院の主催による、イタリアローマ指圧大会が開催されました。

この大会は、塾Shiatsupractorの塾長である小野田茂指圧師が、ヨーロッパにおいて1984年より、今現在までの約40年間の指圧普及の一区切りを記念することと、3年に及ぶ武漢ウイルスによる業界の大打撃の再復興のスタートとして、ポリドリ指圧学院の校長先生であるアマデウ先生と副校長のアンドレス先生が音頭を取り開催されました。

2020年の春から始まった武漢ウイルスの猛威は、3年間に及び、全世界の経済活動及び、人の移動を極端に制限させました。ヨーロッパでの、私たち手技療法(指圧)業界も決して例外ではありませんでした。

そんな中において、ヨーロッパで一番の指圧の歴史、そして指圧活動の活発である、イタリアの指圧界も決して例外ではありませんでした。

大橋渉先生のOoha指圧、増永禅指圧、遠藤先生のタオ指圧,沖指圧、呉竹指圧、佐々木先生率いる増永先生系の医王会、岸先生の生気指圧等、色々な流派の指圧が群雄割拠するイタリアです。

その中において、イタリアのヨーロッパ指圧浪越のインストラクターの先生方も正しい指圧の普及に、全力を注いできました。

ちなみに今現在イタリアは、約20人のインストラクターが、治療の合間をぬって、後進の指導をしています。

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私も在西40年間にわたり、寺子屋もどきの指圧學校をスペインに開校して孤軍奮闘してきましたが、いかんせん、増永先生の理論を謳う禅指圧が、いまだに全体の80パーセントを占めている現状がヨーロッパにあります。

特にオランダでは、浪越卒業生の佐々木先生が、増永指圧を着実にオランダ人に伝授させています。

フランスでは、呉竹指圧の岡本先生が頑張っています。

ここで、理解していただきたいのは、欧米人と日本人の身体は、根本的に異なるという事です。食養や、環境の違いの歴史を通じて、こうも変わるのかと思うほど刺激量、ポイントの調整が必要となります。ここに住んで、ここで暮らして、体を触り、試行錯誤した結果、こちらの人の治療が、可能となります。

少なくても一年で2000時間ほど、患者さんを治療して5年ぐらい続けて10000時間、この位、患者さんを触りどうにか食っていけるといった現実が待っています。

パイロットの飛行時間が20000時間飛行で一人前のように、指圧も20000時間すなわち10年ほど、続けて、やっとプロと言えるという事です。

ヨーロッパの指圧の歴史が60年ほどあります。地元の指圧師も20年、30年のベテランがうじゃうじゃいます。

冗談抜きでヨーロッパの指圧の本物は半端じゃありません。

少なくても海外で働きたい若者がいれば、ヨーロッパに関していえば、指造りを3年ぐらい日本でして、腰痛と寝違いぐらいは、完璧に処理できる技術を持ってから海を渡ってほしいと願っております。最初は威勢のいい啖呵が聞こえたのにいつの間にか日本に逃げ帰った輩を随分見ているもので、親心、母心の一言を述べさせていただきました。

話を元に戻して、この3年のコロナの間にヨーロッパの指圧勢力地図は、まったくもって変わりました。廃業団体が続出したのは、どこの国でも同じなはずです。

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そんな中、3年ぶりの指圧セミナーとなりました。今回は、イタリア全土から約60人の指圧師に、参加していただき主に指圧と伸展法を取り入れての骨盤調整を伝授しました。

大腰筋の左右のバランスをとることにより仙腸関節のブロックをどう解放するかというテーマに絞り、2日間のレッスンをしました。

今世界は、スマートフォン症候群の患者であふれています。グローバル社会といわれる昨今、全世界同時に起こっている問題で最終的には、精神的な疾患に結び付く疾患として、ますます指圧の適応症として、注目を浴びてきています。

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Covid明けの世界に再び、後遺症対策の助っ人マンとして指圧を再び注目されるべき呼び水としてこの大会をあえて開催しました。

開催側の健闘をもってセミナーは、マスコミにも紹介されて指圧ここにありと大合唱が響き渡りました。

これからも、この大会を再第一歩として各国のオーファーに俊足に受け答えるべき体制を整えることが必要とこの大会を通じて特に感じました。

Covidの後遺症の対応や精神的疾患への指圧の役割をひしひしと感じる昨今、ヨーロッパの指圧は再び動き出しました。

 

追記

大会終了後の2日目の午後、イタリアのインストラクターが集合して、団結の会合が開催されました。

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塾Shiatsupractor

塾長

小野田茂

2023年5月4日
by 小野田
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スペイン良い国の巻

スペインも5月1日と2日は、祝日でした。1日は労働者の日、2日は、マドリッド州,特にマドリッドの限られた地域の祝日で、エンジョイさせていただきました。休みの日は、もっぱらごたごた家でゴロゴロなのですが、今回は、娘と家内と私で、車に乗って、500キロメートルを車で5時間ぐらいぶっ飛ばしてゆく、マラガ県のネルハという海沿いの街に遠足に行きました。
 何が有名かというと、断崖絶壁にホテルやレストランを無理して建てて、超不自然なロケーションから、きれいな、超自然な海を眺めて、ストレス社会の垢を取りましょうというキャッチフレーズで、都会のストレス人間を集めては、お金を儲けている街に行ったのでした。
 北欧やイギリスから来ている年金受給者とみられる団体や学生さんとみられるお嬢さん、お坊ちゃまが、うじゃうじゃいる街でした。彼らの傍若無人なふるまいは、私に言わせれば、田舎者の中国人旅行者と何ら変わらぬわけで、まだまだ中国人のほうが、お金を落とすので、地元のスペイン人は、中国人を応援するかもしれません。
北欧の人やイギリス人は、アメリカ人同様、英語一本で、どこの外国でも押通します。スペイン語は、大方のヨーロッパ人の旅行者は 話しません。
そして、スペイン人とポルトガル人との異なる点は、これは習慣なんだろうと思いますが、家で食べる習慣が強いのか、ケチなのかレストランをスペイン人やポルトガル人のようにしょっちゅう使いません。イギリス人は、ビールぐらいは、外で飲みますが、夕食は、大体が家で、することを常識としています。イギリス行くと飯がまずいと言われてますが、外に食いにかなきゃ舌も肥えないという事でしょうか。
外人さんが、このスペインの値段を見れば、私などは、マドリッドより安くボリュームがあることを認めてますので、彼らは、よっぽど安く感じると思いますよまったく。ハワイやアメリカ、スイスが高くなったなんて言いますが、もともと高いんだからしょうがありません。
食い物談議が、続きましたが,マドリッドに戻ると、メールに、ミカドという日本レストランのオーナーの戸田さんがお亡くなりになったとの情報が入り込んできました。帝は、スペインがまだ、土砂降りが続くと地面が、ぐちゃぐちゃになる時代、マドリッドでいち早く開店した由緒あるレストランです。若者よ海外雄飛だぜーの真っ盛りの時代、どっかの鉄道会社を脱サラして、初め、大成功をしたとのうわさのあるレストランです。
 私も海外の情報を集めているとき、この大成功のトッピクスを日本で読んだことがあるくらいです。板前を日本から呼んで、スペインの貴族階級を喜ばせたと言われている、レジェンダのレストランです。
 確か60年ぐらいの歴史があるレストランです。今は、時代の波に若干取り残されていますが、それでも健在です。今は、娘さんが、後を引き継いで、頑張っているのでした。
91歳でのご永眠、お疲れさまでした。
 私も在西40年に突入。爺の禁行、1、自慢話をしない2、過去を語らない3、えばらない。この3つの3ないを守り、これからも生き抜くつもりです。

2023年4月14日
by 小野田
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マドリッドの今

マドリッドもそこそこの気温になり妙にウキウキで、春たけなわといった感じです。朝方はまだまだ肌寒いのですが、日中は、ぽかぽかのマドリッドです。マスクは、既に遠い昔の感じがしますが、薬局や医療機関は、まだまだマスク着用が義務として来客は、ポケットからしわくちゃのマスクを取り出して装着といった感じで、もめごとを少なく、ストレスを最小限にとお上の意向に平伏しています。
 面白いものでマスク着用の美人がマスクを取ると妙にアンバランスの顔だったリ反対にマスクを取ると口元がセクシーで目立つ垂れ目が消えたりしてマー、人生いろいろといった感じで。口元も顔のインパクトを強める強力な部分という事が、理解できます。
 美男子神戸一郎の時代も今は昔で、ナイスガイ、ナイスガールの顔の基準も変わっているので、美人の基準もまちまちで、妙にどきんとくれば、それはそれで、魅力的な顔立ちの人なのかもしれません。何とも言えない美人の基準があるようです。ファッションモデルも美人美人の時代を終えて、これひと昔前は、ブスだぜ、このモデルといった評価が、今では、確かに変わったみたいです。中国人のモデルが目立つのは、ビトンを筆頭に、高級ブランドといわれる品物があの人種が、バンバン金を出して購入が、世界的な動きですので、これまた、なりふり構わず平伏が要因のようです。中国人、韓国人なんであんなに嫌われるのでしょう。訳はあるのです。ただ彼らは、普段の習慣を実践しているだけで、何も変わっちゃいないのでした。役割分担ですので、これは、普遍の出来事なのでした。
 確かに3年もの間、マスクを常用していたなんて、日本人はともかくとして、外人は、特別な我慢をしたんだなーとつくづく、今更ながら感じます。街路でのマスク着用者は、ほとんど見あたらないマドリッドですが、中には、ポーレンなどのアレルギィ―の時期に到来しているので、もう少しマスクを着用という方もいらっしゃいます。うちの指圧センターもマスク着用で対応しています。呼吸のしぐるしさはありますが、慣れると妙に鼻の部分が温かく気持ちのよささえ感じることがあります。私などは、慣れもあり指圧センター内での着用は、まだまだ続くみたいです。
 マスクなしの人達の闊歩する街並みを見渡すと相も変わらずスマートフォンを使用しながらの輩が目立ちます。朝から誰と話をしているのだろうと私などは、疑問視しますが、相変わらず誰かとつながっていたい症候群の人達うようよいます。
 レストランに家族で、恋人同士で、楽しいひと時をえるために行ってもねんがら年じゅう、お互いスマートフォンとにらめっこじゃ何のためのお食事会と疑いたくなるような、雰囲気の場面を至る所で見ることができます。一見楽しそうでも、こんな人たちは、いつも何か物足りなさを感じる人生なんだと思わざるをえません。スマートフォン依存症のために、首凝り肩こりで悩む指圧の患者さんがどんどん増えていますが、肉体的痛みならまだしも、精神的疾患のための来院が非常に増えています。まず不眠症から始まるのですが、心のむしばみが、どんどん進化する世の中に体だけが、妙にリアクション反応を起こし鬱状態に一時的になったり、ふと一瞬、死んじゃおうか、なんて突発的な衝撃に駆られての自殺パターン、スペインの社会現象になっています。自殺者が、このキリストの国で増加している事実がもう報道機関は、無視できなくなるような事態になっているようです。
北欧の自殺の急増は、、マー想像できますが、一昔前、ピレネーを超えるとアフリカだと言われたスペインで自殺者が、どんどん増えているなんて、これが」現実のスペインです。スペインの學校もご多分に漏れず、いじめもしょっちゅうという事です。また父兄の意見重視が強くなり、先生が、やりにくい世の中も日本と同じようです。それでもまだまだ日本と比べると住みやすいスペインかもしれませんが、スペインのあの頃を懐かしむという言葉が頻繁に聞かれるようになったこともこれまた事実のようです。
 

2023年3月26日
by 小野田
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春は、妙に鬱の巻

今日から、夏時間です。時計を一時間前に進めました。ありがたいやら損したやらは知りませんが、4月のセマナサンタ(聖週間)に向けてスペイン人は、着々とバカンスの準備を進めるのでした。4月の第一週の木曜日、金曜日、土曜日、日曜日と4日間、連ちゃんの休日です。普通の家庭は、どっかに行くのでしょうが、もうこの年になると旅行も億劫傾向になり、ダウンタウンにある中国人経営の食材屋に、豆腐ともやしを買いに行くぐらいが、精いっぱいの心境に満ち溢れています。
 昔は、スペイン人とあえて、付き合いをしていた時代がありましたが、どうもあうんの心境になれないので、この頃は、その辺の付き合いがなくなりました。ただただ黙って時間をつぶすといった日本人ならではの波長を求めること自体が、無理なんですが、この頃は、期待さえなくただただ、クリニックと自宅の往復といった、単調な日々が続いています。
この春先のどんよりさがなせる業といえば、それまでなんですが、こんな感じの日々が、4月、5月と続きそうです。
一年を通じての私のバイオリズムはどいうかというと、特に春先の私の身体は、ネガティヴ傾向に迷えるようです。
春先の肝を気をつけましょうが、私のキャッチフレーズで確かに運気は落ちるようです。そしてポーレンのアレルギーは,5月、6月の課題であり、この峠を乗り越えると私の好きな夏が来るのでした。
 マドリッドの夏は、湿気がなく、木陰に入れば、夏なんて、日本に帰るもんじゃないとの納得のゆく、肌で感じる言葉が返ってくるのでですが、それでも夏しか、まとまった時間が取れないので、ハイシーズンの料金払って、よく帰ったものでした。
 ここ3年間、武漢ウイルスの影響で、旅行を控えていたのですが、どうやら解禁のようです。ヨーロッパではすでに、ほとんどの人が、マスクをしていませんが、よくよく統計を見るとまだまだ、相当の数の死者が出ています。ただ、おじいさん、おばあさんが大部分ですので、各国の医療費の高騰を考慮すれば、マー仕方がないの部類でかたずかれてもOKのようです。集団自決しろとは、言っては、いませんが、本音は、そこら辺にあるようです。
 それでも、薬局、医療、特に病院、私のような衛生業は、いまだにマスクは、義務化しています。バス、電車などの公共機関は、義務化はありません。各自の判断で着用の有無を任せています。
 日本のNHKにあたるスペイン公共放送のアナウンサーが,週一回、指圧に来るのですが、ウイリスは、ともかく、マスクの常用が、妙に気に行ってしまって、このマスクは、いいといつでも常用して、妙に気に入っている人も中には、いるようです。
 私なんかも、髭剃りをする時間がない時や、妙に顔に自信ない時にマスクをしての仕事は、すこぶる調子がいいのでした。特に、年増のおねえさん、口元や鼻の整形後は、さぞかし重宝していたと思います。
ただ、3年の武漢ウイリスの爪痕は、色々なところに後遺症を残し、手技療法の世界も、生き残りをかけての攻防戦が日々続きましたが、随分の数の業界の館が消え去ったようです。私たちは、どうにか生き残りましたが、結構しんどいしのぎをさせられたことは、確かです。
 やっと安心して、これからというときに、逝っちゃった同志が何人かいます。
 なんやかんやで、またこの1年も4分の1が過ぎました。なんで爺になると、月日の経つのが速いのだろうか。また生き延びてしまった心境です。死ぬまで生き抜くしかないのかなーとふと思った春の訪れの一日でした。