ジョニー大倉も菅原文太も

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ある程度の歳になると解るんですが、此の位でもういいかと思う時が来てパッとあの世に行けたら最高な訳です。未練はあるけど後悔はありません。この言葉確か、どこかの映画で渡哲也が病床の身で、ささやく一言だったんですが妙に印象に残っています。

62歳と81歳、年としてはまだまだ頑張ってもらわないといけない年なんでしょうが、天命であり寿命だといわれるとそうなのかなーと感じる年です。誰だっかな、偉いお坊さんが一歳で死ねば、一歳までの人生があり、100歳で死ねば100歳の人生が人それぞれにあるのです。今日を生きなさい。今日をと言っていましたね。
 明日死ぬなんて誰も思っていないから、寝ると明日があると思うから、それが大方の人の思うことなのです。誰が明日死ぬなんて思ってますか。
 ただ徐々に年をとるにつれて体力が弱ってきて生き地もなくなり気が消耗してくると、この辺かなーと思う時が来ると思います。気がなくなればおそらく最後はもうろうとして意識がなくなり半分夢心地で逝くんでしょうね。結論としてはこんな末期は全然怖くないと言うことですかね。ただ気の消失が手助けしてと言うことで、急に逝くんでなくて順番を踏まえればそんな感じにことが進むのではないかと言うことです。その辺に新興宗教の入り込む余地があるのかもしれません。手前で稼いだ金を何につぎ込もうが勝手な訳で、ギャンブルでおじゃんよりよっぽどいいのかもしれません。無信仰の私はどうしたらよいのでしょうか。
 ジョニー大倉、キャロルのメンバーで矢沢の大将があまりにもデカイ存在なので隠れ気味ですが、あの顔好きでしたね。矢沢の貧乏ぽさと対照的に、なんか裕福の家の出身といった雰囲気がありましたね。矢沢は、継続は力を己自身で証明するまじめさがあります。ツッパリを売り物にして実は、おお真面目のサラリーマン人生って感じかな。そこら辺の、視聴者心理を理解できずにsonyが宣伝に使い貧乏神がのりうっつてSONYのお尻に火がついたと言った塩梅です。矢沢もロックを語るのならば、企業にペコペコは、ないんじゃないかい。でも大倉は真面目じゃなくてもいいもん、俺は生きたいように生きちゃうもん的な雰囲気がありました。そこの雰囲気が好きでしたね。
 菅原文太さんは、仁義なき戦いのあの人です。あのキャラクターが強すぎて、トラック野郎がとろけちゃうような強烈なインパクトを私たちの年代のおじさんたちに与えました。アマゾンで買っては、実家から送ってもらい、あの手の映画(やくざ映画)は押し入れにどっさりのおじさんなのでした。健さんの映画は寝静まった居間で一人、仁義なき戦いは、joder(スペインの隠語)と無意識に口ずさみながら、みんなとガアチャガチャ観るのでした。晩年の文太さんの安らぎのある顔が、あの頃の広島やくざの顔の鋭さと比べて妙にうっとりの魅力を醸し出していたのが印象的です。
  がんがんやった二人です。今はほっと、安らかに安らかに眠って下さい。すべて順番だから、やることやったら、することしたら、私もスカッと逝きたいものです。とりあえずまだまだ死なない。まだまだ死ねない。

One Comment

  1. はーい。まだまだ死なずに、頑張りましょう。
    第3回の木下指圧・鍼灸塾が12月1日に終わりました。
    来年は、春夏秋冬に4回行う予定です。
    頑張りましょう。    木下誠

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