スペインの俳優で,アルツーロフェルナンデスと聞けば誰でも、アーあのダンディーな俳優さんといいます。90歳で胃に腫瘍ができてそのためにお亡くなりになったとの報道でした。長年にわたり映画や舞台での活躍は、90歳まで続きました。長年2枚目の喜劇俳優として映画界で君臨して熟年期には、自分の劇団を持ちスペイン全土を駆けずり回りアルツーロ健在、化け物だ、普段ならとっくに引退しているのにと驚異の目でスペイン人、特に熟年のおじさんおばさんに愛された俳優でした。
その俳優さんを、長年にわたり指圧をさせていただいたことは、私にとっては、宝であり、いつもプロの在り方を教えていただいたことで、人生の師匠の一人とただただ思っています。
私の商売は、職業上の秘密の厳守が基本であり、患者さんの秘密を守ることが基本中の基本です。こんな商売をしていれば、ありとあらゆる層の人が患者の対象であり、墓場まで、持ってゆかなければならないことも沢山ある商売ですが、この人だけは、語りたいと思った次第で、誠に勉強させていただいた患者さんの一人でした。かれこれ25年間の間、定期的な治療ではありませんでしたが、よく急に電話をしてきていただいた患者さんでした。びしっといつも決めた洋服は、完ぺき、小物も完璧、外に出るときは、必ず俳優としての自分を認識した隙の無い人物だったんだと思います。私的なことを売り物にする女優、男優は、ごまんといますが、彼は、一切のプライベートは闇に包まれた人でした。日本で言うなら高倉健さん如く、外と内を全く分けた生活をする時代遅れの俳優だったと思います。
治療所に来ても、一切スタッフを無視、会話は私だけ。同じ治療室、施術順番、施術過程、すべて25年間まったく同じでした。私としても、彼の体の地図は、完ぺきに頭に入っています。14経絡のどこが停滞しているかを見て、急激な虚実による刺激量の間断を避けて瞑眩の無いように努めて全身全霊で、施術をしました。プロとプロの一騎打ちです。目には見えませんが、火花を散らして施術をしました。この姿勢で、5,6年施術をしてきたのを今でも覚えています。こんな患者さんが、音楽家や絵描きさんにも何人かいまして、勉強させていただいたことが今の自分を作ったと思っています。
プロが喜びを感じるのは、プロを納得させることで、素人さんには、素人さんを、納得させるレベルで、施術すればいいということで、別に手抜きをしていることではないのですが、説明するにはちょっと躊躇する誤解を招く要素がある分野かもしれません。
彼、まったくもってスタッフを無視するので、スタッフには、ただの大物俳優、しかしまったく気配りの人で、優しく、シャイな人なのでした。こんな人を私は、何人か知っています。例えば、舞台ではべらべらしゃべり物語る人が、いざ現実に戻るとまったくもって無口、人と話すのが苦手。指圧をする時だけべらべらしゃべる女優。いろいろな人に接してきました。普段は、このレベルの人達、華やかさが目立ちますが、現実は実に孤独、上に上がれば上がるほど孤独との向き合わせなのでした。結局の所、トップほど孤独なもので、この孤独があればこそ、そして孤独を克服して本当のプロになるのがどこの世界でも共通していることなのでした。
大金持ちの何の不自由もなさそうな人を良く指圧をしましたが、そんな人ほど、指圧の施術の最中のほんのちょっとした時のほんの一瞬に見せる真顔に表れた孤独は、指圧師だけが見られる患者さんの本音かもしれません。
アルツーロさんを施術して施術し続けて指圧のスローガンの母心を悟らせていただいたことに改めて感謝いたします。もうあの舞台での真逆の気を感じられないと思うと寂しい気もしますが、私もいつまでもこの世にいられるわけではなし。
どんどんあの世に逝く患者さんを垣間見て、あの世で指圧のファンが待っていると思えば、今を精一杯生きるも楽しからずや心境です。
一期一会 改めてアルツーロさんのご冥福をお祈りいたします。