継続は力 2021年 2月10日
ヒューマンワールド社(手技療法の専門出版社)のメールマガジンで5年ほど月一回のペースで指圧治療の原稿を発表してきました。
このメールマガジンが今年の2月で終わりということで、最後の原稿を書き終えました。5年間時間を作り、勉強のつもりで原稿造りに励んできました。まとめると原稿用紙約1000枚になりました。イラストを入れたので、半分膨らんだので、1500枚の長編大作になりました。書き直し、書き加えがありますので時間はかかりますが一冊の指圧の本にしようと思っております。体力と寿命が許せばの話ですが、今年、コロナが落ち着いたらスタートしようと思っております。ここに最後の原稿を載せますので、暇がある人は、ぜひ笑読してください。
阿是指圧
今回で、ヒューマンワールド社のメールマガジンの連載が終了ということで誠に感無量の一語に尽きます。
締め切り近くになりおたおたして、無い知恵をあぶりだして、どうにかここまで続いたことに、改めて驚くとともに、こんな良い勉強の機会を与えてくださったヒューマンワールド社の石井さんに改めて感謝の言葉をお送りいたします。
スペイン渡西
スペインのマドリッドに1984年渡西し、JAPAN SHIATSU SCHOOL IN SPAIN(ジャパンシアツスクールインスペイン)を設立して後進の指導とクリニックにおける患者さんの治療を約40年続けてきました。
当初は、指圧という日本の手技療法は、まったくマイナーで、渡西して5,6年ほど、鳴かず飛ばずの状態でしたが、徐々に口コミで広がり、嫁さんと子供2人の食い扶持ぐらいは、確保できるようになり、そんな中、指圧を習いたいという輩も徐徐に増えて治療一本で、やっていたのを指圧教室を開講して指圧普及も始まりました。いま改めて考えると無我夢中の最初の10年間だったようです。
30歳になる直前の決断でしたので、ダメなら日本に帰国さと開き直って日々を送っていたのを今でも覚えています。
無からの出発は、開き直ると強いものであっという間の日々が通りすぎました。
この商売は、大金持ちにはならないけど、乞食にもならないよと、先輩に何回も言われていたので、この言葉は確かに重みのある一言だったと今でも思っています。
外人も肩が凝る
外人は、肩はこらないよと、どこかのテレビのワイドショウで、ある整形外科の有名な先生が、自信ありげに言っていたのを聞いたことがあったので、スペインに来て若干の不安はありましたが、予想に反して肩こりだらけのヨーロッパ人を実感し続けてきたようです。
特に首は、クリスタルの首といわれるように華奢で、首の椎間板ヘルニヤの人が沢山います。腰痛も多く、理学療法士や整形外科医が、頑張っているようですが、イマイチの感があり、そこら辺に指圧療法が食い込んでいき、患者さんを獲得していった歴史があります。
阿是療法の創作
腰痛症は、反り腰の人が多いので、やはり椎間板ヘルニヤの患者さんが多く、30年前は、今と比べると手術が、花形の時代でしたので、手術の後遺症の患者さんや手術をもともと嫌う患者さんが通院していただきましたので、そこでの指圧治療の結果が良かったのか、バブルの金余りの患者さんが辛抱強く治療にお金を散在していただいた結果か、90年代のバブル期には繁盛させていただきました。
この時代に西洋人の腰痛症の治療を戦場外科医の如く、沢山治療させていただき経験を積み阿是指圧療法を確立しました。
この阿是療法は、ヨーロッパ人の体に合ったポイントや体の癖、そして体の使い方の癖を研究して作り上げたメソッドです。
面白いもので、日本人には、日本人に合った指圧療法があり、ヨーロッパ人には、ヨーロッパ人のための指圧療法があります。
農耕民族と狩猟民族の食生活の違いや体の各パーツの大小の違いなどを考慮した体のバランスの置き方などが、長い歴史によって、作り上げられました。またその反対にバランスの崩れ方によって治療法が、違ってくるといった奥深いものを常日頃、達観させられました。これは今でも続いている研究テーマです。
統一テーマ
この違いを考慮して治療を続けてきましたが、今この治療法の違いを前面に出すことが、いらなくなった時代に突入していることを実践を通じて実感しております。
ここ20年の間に人種や環境の違いによって治療法(刺激量等)が,変わっていたのが、コンピューターやスマートフォンの普及により全世界の人々の治療法が、妙に似てきたようです。。
一日8時間の労働におけるコンピューターの使用時間、其の挙句のスマートフォンの常用が一般常識になり、以前肩こりで悩んできた人たちが、首コリで、苦しむようになりました。この傾向は、若年層にも及び依存症で悩む若者が増えてきたのも世界的傾向といえそうです。
今起こっていることが世界同時にわかるという便利さをテクノロジーにより我々は、承ることができるようになりましたが、負の代償としての健康面に対しての後遺症も精神面の方で徐々に起こってきました。世界的な若者の自殺増加現象や、改めて便利さを追求したことによる代償が、健康に影響するといった負の面が目立ち始めました。
インナーマッスル
首コリで悩むとはどういうことでしょうか。小さい画面や、小さい文字を無理をして集中させつつ見るようになり、骨盤を筆頭として、頭蓋骨や頚椎を安定させる奥にある骨に付着するインナーマッスルが、癒着して、緊張時間が長いゆえに拘縮作用が増大して、筋肉の作用である緊縮と解放の作用が、うまく作用しなくなります。平たく言うとコリが、奥に奥に、逃げていくようになりました。
骨に凝りがこびりついた状態を想像してください。錆が奥に染み渡るようになった状態を想像してください。
浪越徳治郎先生や増永静人先生の時代は、僧帽筋や大胸筋などを代表とした表面の大きい筋肉が、コリにより血液循環不良を訴えてきました。俗に言われる肩こりです。そんな訳もあり、治療として表面のコリを処理してきました。
しかし現代人の凝りは、奥に、奥に凝りが逃げて、インナーマッスルに影響を及ぼすようになりました。インナーマッスルや筋膜部に影響をを及ぼすとどうなるのでしょうか。
心体一如
神経、特に自律神経のアンバランスを誘発するようになりました。
すなわち凝りが奥に移行して精神的疾患を誘導するようになりました。
この辺が、くせ者で、西洋医学を勉強した現代の医者は、精神と肉体のアンバランスが、体にどう影響するかの研究は、おざなりにされていた学問でした。医学界において実は、いまだにわからない部分の代表格なのです。
特にこちらの医者は、精神と肉体のアンバランスが、気の病、すなわち病気を創るというメカを習っていません。
ミクロ医学の弱点が今現実に表れているのです。切除(オペレーション),薬の投与を医者の仕事の最優先に置く現代医学の弱点が、世界的に表面化したのです。
指圧の心
こんな時だからこそ、手を当てる療法の価値をもう一度、見直す時が来ているのです。30年後に残る仕事に指圧は、チョイスされています。
難病を治すのも医者の仕事です。しかし現代は、機械やコンピューターに奴隷のようにこき使われている我々がいます。
患者の目も見ないで、薬を処方する医者、血液検査に責任を転嫁する医者がいます。
こんな時だからこそ何気ない微笑、そして超原始的な手のぬくもりによる手当てが必要な時なのです。
プロとして早く患者を楽にしてやりたく、長年にわたり数々の阿是指圧テクニックを習得してきた一治療師である私が、今言えることは、ただただ無心に手を当てる、母心が一番の治療と確信したことです。
まだまだ修行の身ではありますが、今一度手当てが、無の心をもって患者さんが、望むところにミリメトロの違いもなく置くことができるまで、修練したいと思っております。
一様ここで、筆を下ろします。そして皆様の健康をお祈りいたします。
またの機会を楽しみにしております。
ありがとうございました。
阿是指圧 代表 小野田茂
マイナーな世界ですが、私たちは、誇りをもって患者さんに毎日毎日接しています。顔がほころぶと体にENERGYが湧きます。体が楽になると寿命が延びます。どうせの一生であれば、楽しい方がいいに決まっています。手当てをした後の笑顔は、最高です。手当ての代わりに笑顔をもらう、こんな最高な仕事は、ありません。スキな仕事を選べたことに感謝です。所で、コロナの2年間、良くつぶれずに堪えたよなー。これも感謝感謝。
2022年2月20日 at 12:47 AM
Driver reviver といウイルスに感染してうっかり初期化をしてしまい、アイコンが全て消えてしまい久しぶりにこのブログを回復できました。
1984年から38年になるのですね今年で、長い間ご苦労様です。1985年の秋ごろでしょうか初めてmadridでお会いしたのは、、、、、
Mexicoでのプラント通訳をある事情で解約されニューヨークまで延々とバスで移動して、当時のSpantaxのチャーター便での3度目のスペインでした。
その数日後日本料理屋のしめサバからアニサキス(後から判明)に感染し、赤十字病院で手術、退院となり体調不良になり、小野田さんの指圧を受けたのだと記憶しています。
取り敢えず、ご連絡まで。
村山
2022年2月20日 at 1:34 AM
追伸
山下さんが80歳で亡くなられたと知り、何とも早すぎると唖然としました。思い起こせば彼との最初の出会いは、Sol広場の地下のりゅうち
2022年2月20日 at 1:47 AM
留置場でした。当時まだDr.Freming に住んでおられ、エチェガライ通りに道場を開いておられました。以来、本当にいろいろとお世話になりました。
心よりご冥福を祈念致します。有難う御座いました、山下さん。
村山 勝
2022年2月20日 at 5:53 AM
石見さんはまだ元気で活躍されているのでしょうか?calle./Aonso Canoの道場で。
かって尚美でよく会いました、先代のころの。